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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1249号 判決 1950年6月12日

被告人

杉浦千太郞

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

弁護人佐藤米一の控訴趣意第四点について。

惟うに昭和二十二年勅令第九号は連合国占領軍最高司令官の公娼制度廃止に関する覚書に基き制定されたものであつて婦女に対し売淫を強制乃至義務つけるような一切の行為や制度を否定せんとするにあり従つて同令第二条にいわゆる売淫させることを内容とする契約とは契約者が婦女を相手方として契約者の支配内においてその婦女をして売淫せしめることが一応その契約において合意されていることを以て足り特にその婦女の売淫行為が契約の唯一の内容若くわ嚴格な意味においてその条伴をなすことはこれを要しないものと解すべきところ原審挙示の証拠によれば被告人は特殊喫茶新宿の新館における事実上の経営責任者として給仕婦上村初子及び伊藤文子との間にいわゆる前契約をなしその返済について同女等が被告人の支配内にある新宿において売淫をなしその收得金を以てその返済をなすべきことが一応暗默の裡に合意されたことが明かであり該合意は同令第二条にいわゆる売淫させることを内容とする契約に該当するものとなさなければならない。

而して原判決を通読すれば右の合意は明示的になされたものでなく暗默の裡に合意されたものとすること論旨の通りであり且つ契約は明示的合意の場合のみならず暗默的合意によつても成立すること疑を容れないのであつて原審の認定は虚無の証拠によつたものでもなく又法令の解釈を誤つたとなすべき点も存しない。

(ロ) 同上第七点について。

日本国憲法第十四条が「すべて国民は法の下に平等であつて差別されない」と規定し国家機関も国民もこれを遵守すべきことは勿論である然しながら憲法は一般的に国家運営の基本的方針を規定する最高法規であつて国家機関はその実現に必要且つ妥当な立法及びこれに伴う施設並びに運営をなすべくその反面国民はこれを要求し得るのであり斯くしてその立法、施設、その運営によつて茲に始めて憲法の趣旨が具体的に実現せらるるものと解すべく従つて憲法は直接個々の行為を規定即ち直接に個々の具体的行為に対する権利、義務を規定するものでないと解すべきである。

然るところ犯罪行為に対する起訴即ち公訴権の具体的行使の基準としては憲法における関係諸法条の精神を採り入れた刑事訴訟法並びにその関係諸法令が存ずるのであつて具体的な場合における公訴権行使の適法、不適法、その有効無効は右の諸法令によつて判定せらるべきものである。而して既に述べたように原審は特殊喫茶営業が当然無条件に従前の公娼的遊廓的業態以外であり得ないとも又世上一般の特殊喫茶営業者がすべて従前の公娼的遊廓的営業をなしているとも断定している訳でないのみならず、仮りに世上一般の特殊喫茶営業者が昭和二十二年勅令第九号に違反しているとしても刑事訴訟法は起訴について法定主義を採用せず便宜主義を採用しているのであり当該犯人の主観的客観的一切の事情を考慮して起訴せざることもなし得るのであり右の考慮においてその犯人の人種、信条、性別、社会的身分又は門地による差別がない以上憲法の保障する平等の原則に何等反するところはなく且つ本件の起訴において右のような差別的取扱があつたとは認められないから本件の起訴を以て違法であるとする論旨は到底これを採用し難い。

(ハ) 同条第八点について。

昭和二十二年勅令第九号第二条の趣意は既に論旨第四点に対する判断において説明した通りで婦女に対する奴隷的支配を排除してその基本的人権を保護しようとする前掲公娼制度廃止の覚書に基礎を置く同法条にいわゆる婦女に売淫させることを内容とする契約とは婦女に売淫的拘束を及ぼす契約に外ならぬからかかる契約はその契約当事者の一方がその婦女である場合は勿論その婦女に拘束を及ぼし得る限り契約当事者の一方がその婦女でない場合にも成立し得るのであつて論旨の契約当事者は必ずその婦女以外のものでなければならぬとするのは敍上の趣旨に照して採用し難い独自の見解であり原審が被告人と売淫行為をする婦女との間のその婦女をして売淫させることを内容とする契約を以て右法条に該当するとしたのは正当であつて何等法令の解釈を誤つた点は存じない。

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